血液内科

先天性血栓性素因の診断

(1)先天性血栓性素因
臨床所見として、[1]40歳代以前に静脈血栓症を発症したり、[2]再発性であったり、[3]まれな場所(脳静脈洞血栓、門脈血栓、腸間膜静脈血栓など)に発症したり、
[4]家族性に血栓症の発現がみられる場合には、先天性血栓性素因があることを予測して検査を行う。通常、先天性血栓性素因のヘテロ接合体患者は幼少時には血栓はみられないが、
血栓症の70~80%が40歳以前に発症するという。しかし、欠損症患者でも血栓症をおこさない症例もあり、発症には引き金となる他の危険因子
(外傷、手術、感染、妊娠など)の存在も重要である。現在先天性の血栓性素因としては、凝固制御系因子の欠乏、線溶活性化能の低下、第VIII因子(FVIII)や
プロトロンビンなどの凝固因子の増加など、多くの原因が提唱されている。
[2]線溶能の低下
 本邦では、プラスミノゲン異常症(栃木型:Ala601→Thr)の遺伝子変異の頻度は一般住民の4%と欧米に比して著しく高く、いわゆる遺伝子多型と考えられている。
線溶反応はフィブリンが形成されてから開始されるため、プラスミノゲン異常症では必ずしも血栓症をきたすとは限らず、
他の要因による凝固亢進状態が加わったときに血栓症を発症する。Miyataらの一般住民を対象とした検討では、プ
ラスミノゲン異常症の頻度は一般住民群と深部静脈血栓症患者群とで有意差を認めず、プラスミノゲン異常症は血栓症の危険因子とは考えにくい。
 また、線溶能低下をきたす病態である組織プラスミノゲンアクチベーター放出障害や、プラスミノゲンアクチベーター・インヒビター1過剰症において、
血栓症家系の報告があるが、血栓性素因としての位置づけはまだ確定していない。
[3]凝固因子の増加
 プロトロンビンの遺伝子多型G20210A変異を有する者は、血中プロトロンビン濃度が130%程度まで増加している。
欧米人の血栓素因として重要であるが、日本人にはみられない。
また、第Ⅷ因子活性(FⅧ:C)の増加は静脈血栓塞栓症(VTE)の危険因子と考えられており、
FⅧ:Cが10 IU/dl(10%)増加するとVTEのリスクが10%増加するといわれている。現在のところ遺伝子変異部位は不明であるが、FⅧ増加症は先天性血栓性素因として確立されている。
[4]その他
 先天性フィブリノゲン欠損症は無フィブリノゲン血症、低フィブリノゲン血症、異常フィブリノゲン血症に分類されるが、
無フィブリノゲン血症患者は中等度から重症の出血傾向を示す。一方、フィブリノゲン異常症はフィブリノゲン活性が低下しているが、
血と血栓傾向の片方あるいは両者の症状を認めることが知られている。
 第ⅩⅡ因子(FⅩⅡ)欠損症と血栓症については、第一例目のHageman氏が肺塞栓症で死亡したことからその関係が注目された。
しかし、他の数十家系の欠損症患者では全く無症状であり、現在のところ因果関係は明らかではない。
 高ホモシステイン血症をきたすホモシステイン尿症(ホモシステインを分解する酵素シスタチオニンβシンターゼの欠損)はまれな先天性代謝異常症の一つであるが、
心筋梗塞、脳梗塞、VTEなどの動静脈血栓症を起こすことが知られている。この所見から、高ホモシステイン血症と動脈硬化および血栓症が注目されるようになった。
動脈硬化、血栓症の発症機序としては、過剰なホモシステインにより血管内皮傷害をきたしトロンボモジュリン、PC、PS系の抗凝固活性が低下したり、血小板が活性化されることが考えられている。
(2)診断
先天性血栓性素因の多くの要因について前述したが、実際にその意義が確立されているものはそんなに多くはないといえよう。
したがって、臨床現場で先天性血栓性素因を疑った場合には、まず診断の手順として抗凝固阻止因子であるAT・PC・PSの活性、抗原量を測定する。
通常、これらの因子活性が正常の50%以下に低下した場合先天性欠損症を疑うが、後天性に低下する要因をできる限り除外する必要がある。
[1]アンチトロンビン(AT)
ATは肝臓で産生されるため、肝の未発達な新生児では低値を示す。加齢による変動は、男性では60歳以降低下傾向を示すが、女性ではあまり変化はない1)
妊娠末期には低下傾向を示す。ヘパリン使用時に採血すると、AT活性が低下しデータの信頼性が落ちるので注意が必要である。
血中AT活性の低下を認めた場合は、先天性欠損症のほかに、後天性に低下する要因として凝固活性化による消費、炎症性サイトカインによる産生低下、炎症による血管外への漏出、
肝障害(肝硬変、劇症肝炎、肝不全)による産生低下などを考えなければいけない。DICでは、トロンビン生成による消費性低下もわずかにきたすが、
むしろ敗血症性DICなどでは血管外への漏出による低下が顕著である。ネフローゼ症候群では尿中に失われることにより低下する。
また薬剤の影響としては、ホルモン剤(エストロゲン)投与などで約10%減少し、L-asparaginase投与でもAT活性が低下する。
[2]プロテインC(PC)
PCは肝臓で産生されるため、肝機能障害や肝の未発達な乳幼児では、後天性に血中PCが低下する。
また、PC分子のGla残基の合成にはビタミンK(VK)が必要なため、抗生物質の長期連用による腸内細菌の破壊、
胆道閉塞での胆汁不足によるVK吸収障害などでVKが欠乏したり、抗凝固剤であるwarfarinを使用すると、G
laの合成が不完全な異常分子PIVKA-PCが生成され、PC活性が低下する。たとえばDVT症例にwarfarinを投与してしまってから血栓性素因の精査を行うと、
先天性欠損症との鑑別はきわめて困難となってしまう。したがって、臨床サイドも検査部サイドも、血栓性素因が疑わしい症例ではwarfarin投与前の検体保存を心がけるべきである。
他に、DICやAPSなどで消費のみによる軽度減少する場合や、さらに消費のほかに血管内皮細胞傷害に基づく血管外漏出や産生低下が加わることにより、さらに著明な低下を示す場合がある。
[3]プロテインS(PS)
血中PSの約60%は補体制御蛋白の一種であるC4b結合蛋白(C4BP)と結合しており、約40%が遊離型として存在する。
活性化PCに対する補酵素活性を有するのは遊離型のみで、この遊離型の低下が血中PS活性の低下につながると考えられている。
C4BPとの複合型PSは、遊離型PSの補酵素活性を阻害する。したがってC4BP値の増減が、血中PS活性に影響する。
たとえば新生児では血中C4BP値が低値であるため相対的に遊離型PSが増加し、PS活性が高値を示す。
遊離型PS抗原量は、女性が男性よりも低値である。加齢による変動は男性で認められ、80代では30代の8割以下まで低下する1)
日本人に多いPS分子異常であるPS Tokushima変異(155 Lys→Glu)のヘテロ接合体ではPS活性が低下しない場合もあり、一方健常者でもPS活性が低下する場合があり、
PS活性測定による欠損症の診断には限界があることが指摘されている。
PSも肝臓で産生され合成にVKが必要なため、肝障害やVK欠乏時、warfarin使用時にはPCと同様に低下する。
上記の病態以外に、エストロゲンはPSの産生を制御するため、妊娠中や経口避妊薬使用時に血中PS活性が低下することは、知っておかなければならない。
正常妊婦を対象としてPS活性の変動を検討した報告2)によると、陣痛発来時には20-40%にまで著減するが、分娩翌日には30%台に、4日後には40-70%台に回復する。
また、全身性エリテマトーデス、APS、ステロイド内服、ネフローゼ症候群などでもPS活性が低下する。
先天性PS欠損症の発症頻度は1.12%と欧米人(0.16~0.21%)に比べて明らかに高く3)、中でもPS分子異常であるPS Tokushima変異(155 Lys→Glu)は日本人の遺伝子多型と考えられ、
血栓症の重要な危険因子である4)。
アンチトロンビン・プロテインC&S欠損症(金沢大学第三内科ブログ)
文献

  • 1) 阪田敏幸,宮田敏行:静脈血栓症の危険因子としての血中凝固因子量の異常.検査と血液 6: 258-264, 2005.
  • 2) Kurasawa G, et al: Reduction in protein S activity during normal pregnancy. Aust N Z J Obstet Gynecol 47: 213-215, 2007.
  • 3) Sakata T, et al: Prevalence of protein S deficiency in the Japanese general population: The Suita Study. J Thromb Haemost 2: 1012-1013, 2004.
  • 4) Kimura R, et al: Protein S-K196E mutation as a genetic risk factor for deep vein thrombosis. Blood 107: 1737-1738, 2006.