金沢大学・血液内科・呼吸器内科
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2016年5月3日

B7-DC/PD-L2発見とB7-DC-Fc免疫チェックポイント阻害剤開発の経緯



金沢大学第三内科(血液・呼吸器内科)OBの土屋先生から貴重な寄稿をいただきました。 医局員にとっても、良い刺激になるのではないかと思います。

「B7-DC/PD-L2の発見とB7-DC-Fc免疫チェックポイント阻害剤開発の経緯」

土屋晴生(昭和62年入局)

はじめに

金沢聖霊総合病院の土屋です。

もし覚えていてくださる方がいたら大変光栄ですが、今回お話させていただくB7-DC/PD-L2については、2002年、私が帰国した直後に中尾先生から機会をいただき、その発見と経緯を一度医局で報告させていただきました。それは、免疫チェックポイント阻害剤が市場に出現するよりも、遥か以前の話です。当然、本庶先生やPardoll先生が日本のテレビでそれを紹介したのも、(ご覧になった方もいらっしゃると思いますが)、私の発見よりもだいぶ後という事になります。

ともあれ、私が免疫の仕事を始めたのは、もちろん3内に入ったからですが、それは当時免疫グループの中心だった、森先生、塩原先生、末永先生たちに惹かれての事でした。その森先生が2015年、悲しくも他界され、本年(2016)末永先生や上田先生を中心に森先生を偲ぶ会が開かれました。その会で、森先生と懇意だった方々と久しぶりにお会いし、私がB7-DC/PD-L2の仕事に携わっていたことをお話したところ、原田先生、織本先生たちから同門の方々にもぜひお知らせしてはどうかという話になりました。そして、織本先生が朝倉先生に連絡を取り付けてくださり、今回こうして皆さまに報告する運びとなった次第です。それでは、僭越ではありますがその経緯を記したいと思います。

経緯

1997年 The Johns Hopkins Uiversityに留学。腫瘍免疫が専門のPardoll先生の研究室。

1998年 cDNA subtractionという方法を用い、樹状細胞に特異的遺伝子のスクリーニングを行いました。樹状細胞の中に免疫療法に使えるような分子が発現しているに違いないので、それを調べることが目的でした。いくつか報告されていない遺伝子がありました。その中にB7-DC/PD-L2がありました。

1999年 遺伝子配列のデータベースであるGenBankに当初はBtdcと命名して登録しました。これはbutyrophilinというmilk proteinに似ていたからです。butyrophilinはbroad B7 familyであることが報告されていました。後日ここに登録した事が重要な意味を持つ事となりました。 AF142780 1755 bp mRNA linear ROD 01-JUN-1999Mus musculus butyrophilin-like protein (Btdc) mRNA, complete cds.

年末にMayo clinicのLieping Chen先生達がB7-H1を発見し報告しました。 我々は、BtdcとB-H1が非常にhomologyが高いことに気づきました。 B7-H1, a third member of the B7 family, co-stimulates T-cell proliferation and interleukin-10 secretion. Nat Med. 1999 Dec;5(12):1365-9.

2001年 Harvard Medical Schoolのグループが以前B7-H1として報告されていた分子がPD-1のligandであることを発見し、PD-L1と命名しNature Immunologyに投稿しました。同時に我々がGenbankに登録したBtdcをhomology searchで見つけ、これもやはりPD-1のligandであることを発見しPD-L2と命名されました。下記論文には、我々がGenbankに登録したBtdcを引用したことが記載されています。

PD-L2 is a second ligand for PD-1 and inhibits T cell activation. Nat Immunol. 2001 Mar;2(3):261-8.

同時に我々も知らずに同誌に投稿していたのですが、rejectされ、遅れてRalph Steinman先生(故人)(のちにノーベル賞受賞)に頼んでJournal of Experimental Medicineに投稿しました。論文に発表する際にBtdcをB7-DCと改名しました。

B7-DC, a new dendritic cell molecule with potent costimulatory properties for T cells. J Exp Med. 2001 Apr 2;193(7):839-46.

2002年 帰国。

2003年 最初のB7-DC/PD-L2ノックアウトマウスの論文が発表されました。

Cooperative B7-1/2 (CD80/CD86) and B7-DCcostimulation of CD4+ T cells independent of the PD-1 receptor. J Exp Med. 2003Jul 7;198(1):31-8.

2004年 B7-H1/PD-L1の発見者Lieping Chen先生がMayo clinicからThe Johns Hopkins Universityに移籍されました。

2005年 2報目のB7-DC/PD-L2ノックアウトマウスの論文が発表されました。 In vivo costimulatory role of B7-DC in tuning T helper cell 1 and cytotoxic T lymphocyte responses. J Exp Med. 2005 May16;201(10):1531-41.

2007年 Pardoll先生とChen先生達によりThe Johns Hopkins Universityのventure企業Amplimmune社が設立されました。この会社はB7関連分子を用いた免疫療法の開発を行っていました。

2010年 Amplimmune社とグラクソ・スミスクライン社がAMP-224で提携発表。AMP-224とはB7-DC-Fc融合タンパクのことです。

2012年 Pardoll先生の奥様のTopalian先生が、抗PD-1抗体の臨床治験結果を発表。

Safety, activity, and immune correlates of anti-PD-1 antibody in cancer. N Engl J Med. 2012 Jun 28;366(26):2443-54.

2013年 Amplimmune社はアストラゼネカ社に買収されました。

2016年 現在、AMP-224はphase1の臨床治験中。



最後に

以上、たくさんの出来事の中から、エポックメーキングな事のみを、公開された情報を整理する形でまとめてみました。

PD-1は日本で開発された経緯もあり、皆さまのよく知るところだと思いますが、その研究は京都大学が中心になって行われました。そして、京都大学の本庶先生の元で、織本先生の金沢大学の同級生のかたが、PD-1のcloningに深くかかわっていらっしゃったということです。このようにPD-1とPD-L2の発見には、金沢大学出身者が大きな貢献してきました。さらにB7-H1は、Lieping Chen先生(Mayo clinic)の研究室で日本人の方が発見に携わっていたそうですし、Pardoll先生(The Johns Hopkins University)の研究室には千葉大学や山口大学の先生たちも留学されていて、上記論文の共著者となっています。このように、この仕事は日本人の貢献に負うところが大きいと言えるでしょう。

こうして発見されたB7-H1,B7-DCですが、これらは補助刺激因子B7のfamilyとして、免疫活性化分子として報告されました。一方Harvard Medical Schoolで、これらがPD-1のリガンドであること、更に免疫抑制分子として働くことが報告されました。最終的には免疫応答を制御する他の分子とともに、補助刺激因子ではなく, 免疫チェックポイント分子と呼ばれるようになった訳です。

B7-DC/PD-L2は、発見からほどなくマウスを使った基礎研究の時代が終わり、ベンチャー企業の設立、大手製薬会社との提携、そして現在行われている臨床治験へと段階を踏んで進んでいます。ここに至るには20年に近い歳月を要した訳ですが、この長い時間を私は、最初はアメリカでの基礎研究、その後は金沢で内科医として働きつつ過ごしました。 最近になり、こうした経緯を親しい方々にお話しすると、どうしてアメリカから帰ってきたのか、どうして日本で研究を継続しなかったのか、と質問される事がよくあります。実際、Pardoll先生は是非アメリカに残ってくれとおっしゃってくださいましたし、帰国して何か別の研究を続けることもできたかもしれません。ただ私は思うところあってその道を選びませんでした。

AMP-224はまだ臨床治験中ですし、今後実際に薬として市場に登場してくるかは未知の話です。臨床治験が終わるだけでも、この先何年も要するでしょう。こうした研究が、今後全ての人々の幸せにつながってほしいと切に願っています。

ありがとうございました。

土屋晴生


 <リンク>

血液凝固検査入門(図解シリーズ)

播種性血管内凝固症候群(DIC)(図解シリーズ)


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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 01:25 | 血液内科

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