金沢大学・血液内科・呼吸器内科
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2015年02月14日

医師国家試験:紫斑

本年の医師国家試験の紹介です。
解説もつけたいと思います。

68歳の男性.

左下肢の紫斑を主訴に来院した.2週前から左下肢に紫斑が出現し徐々に拡大した.1週前から左下肢に疼痛も自覚するようになったため受診した.これまでに出血症状の既往はない.意識は清明.体温36.4℃.血圧154/88mmHg.腹部は平坦,軟で,圧痛や抵抗を認めない.

血液所見:赤血球210万,Hb 6.8g/dL,Ht 20%,白血球6,400(桿状核好中球6%,分葉核好中球54%,好酸球2%,単球6%,リンパ球32%),血小板30万,出血時間3分20秒(基準7分以下),PT 90%(基準80〜120),APTT 64.7秒(基準対照32.2),血漿フィブリノゲン256mg/dL(基準200〜400),血清FDP 4μg/mL(基準10以下).凝固因子検査の結果は第[因子活性6%(基準78〜165),第\因子活性92%(基準67〜152),von Willebrand因子活性は正常であった.左大腿から膝関節部内側の写真(註釈:紫斑、皮下出血)を別に示す.
 

最も考えられるのはどれか.


a 血友病A

b 血友病B

c 後天性血友病

d 播種性血管内凝固〈DIC〉

e 特発性血小板減少性紫斑病



<解説>

紫斑、これまでに出血症状の既往はない:出血性疾患の存在が疑われます。しかし、先天性の疾患は否定的です。

Hb 6.8g/dL:出血のため貧血が存在しています。

血小板30万:血小板数が低下することによる出血症状ではないことになります。 

出血時間3分20秒:出血時間が正常であるために、血小板機能は正常です。

PT 90%:PTは延長していません。PTが延長する出血性疾患としてはビタミンK欠乏症が有名であるが、本症例では否定できる)

APTT 64.7秒:APTTは明らかに延長しています。重要なヒントになっています。

血清FDP 4μg/mL:FDPが上昇する疾患としては、播種性血管内凝固症候群(DIC)、深部静脈血栓症、肺塞栓が有名です。このうち出血性疾患はDICです。DICでは必ずFDPが上昇しますが、FDPが正常のためDICは否定して良いです。

第VIII因子活性6%:著減しています。APTTが延長している理由は、第VIII因子活性が低下しているためと考えられます。

第IX因子活性92%:血友病Bは否定できます。

・von Willebrand因子活性は正常:von Willebrand病は否定できます。




出血症状をきたす原因としては、以下があります。

1)血小板数の低下
2)血小板機能の低下
3)凝固異常
4)高度の線溶活性化
5)血管壁の脆弱性の存在

本症例では、血小板数は正常で、血小板機能も正常(出血時間正常のため)、高度の線溶活性化もありません(FDP正常のため)。血管壁の脆弱性の存在も根拠がないです。

APTTの明らかな延長と、第VIII因子活性が低下しており、出血症状(紫斑、皮下種血)の原因になっています。

第VIII因子の低下する出血性疾患としては、血友病A、von Willebrand病、後天性血友病が知られています。

血友病A、von Willebrand病は先天性疾患、後天性血友病は後天性疾患です。


von Willebrand病(VWD)は、von Willebrand因子(VWF)が低下する疾患です。VWFは第VIII因子のキャリア蛋白であるためVWFが存在しないと第VIII因子も安定して血中に存在できません。そのため、VWDでは第VIII因子活子も低下します。ただし、出血する原因は、第VIII因子活性の低下ではなくVWFの低下に伴う血小板粘着能低下(血小板機能低下)のためです。

臨床症状は、血友病A は関節内出血や筋肉内出血、von Willebrand病は粘膜出血(鼻出血など)、後天性血友病は筋肉内出血や皮下出血、紫斑が特徴的です(後天性血友病ではなぜか関節内出血はまずありません)。


診断

後天性血友病


選択肢ごとの解説
a 「先天性」の第VIII因子欠損症です。関節内出血が有名です(筋肉内出血もあります)。
b 先天性の第IX因子欠損症です。臨床症状は、血友病Bと同じです。
c 後天性に第VIII因子に対する自己抗体が出現して、皮下出血、紫斑、筋肉内出血などの重症の出血症状をきたします。
d FDPが正常のため否定できます。また、血小板数やフィブリノゲンの低下所見もありません。
e 血小板数が正常のために否定できます。



APTTが延長して、第VIII因子活性が低下していた場合に、臨床症状として幼少時からの関節内出血がなければ、先天性の血友病ではなく後天性血友病を疑います。

後天性血友病を疑った場合の次の検査は、APTTのクロスミキシング試験と第VIII因子インヒビター力価(ベセズダ)単位です。APTTのクロスミ キシング試験では、上に凸のinhibitorパターンとなります。ただし、2時間incubationを必ず行う必要があります(ミキシング直後だと deficiencyパターンになって誤診することがあります)。

なお、出産時の大出血の原因としては、DIC(常位胎盤早期剥離、羊水塞栓など)は有名であるが、後天性血友病もありうることを理解しておきたいです。この疾患をしらないと救命できません。


後天性血友病という重要疾患を知っているかどうかがポイントです。この疾患をしっていれば解答は極めて容易ですが、この疾患をしらないと血友病Aと誤答する可能性があります。


後天性血友病が国家試験で出題されるのは初めてではないかと思われます。本疾患をしらないと診断できず救命にもつながらないので、今回の主題は極めて妥当かつ素直な選択肢で良問だと思います。



正解

c


疾 患 血友病A
後天性血友病
遺伝形式 伴性劣性(男性のみ) 後天性(男女ともにあり)
出血部位 関節内出血、筋肉内出血 皮下出血、紫斑、筋肉内出血(関節内出血はまずない)

出血時間、PT、FDP
正常 正常(ただし血腫の吸収に伴いFDPが上昇することあり)
APTT/第VIII因子活性 延長/低下 延長/低下
第VIII因子インヒビター 第VIII因子製剤の使用に伴いインヒビター「同種抗体」が出現することがある。  第VIII因子に対する「自己抗体」が出現する疾患。
治 療 第VIII因子製剤(ただし、インヒビター出現時にはバイパス製剤※を使用) 1)止血治療:バイパス製剤
2)免疫抑制療法:副腎皮質ステロイド、サイクロフォスフォマイドなど
危険因子 膠原病、悪性腫瘍、高齢、薬物、女性では妊娠・出産その他

バイパス製剤:遺伝子組換え活性型第VII因子製剤(商品名:ノボセブン)、活性型プロトロンビン複合体製剤(商品名:ファイバ)
 
  <リンク>推薦書籍「臨床に直結する血栓止血学
 
血液凝固検査入門(図解シリーズ)
播種性血管内凝固症候群(DIC)(図解シリーズ)
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参考:血栓止血の臨床日本血栓止血学会HPへ)

投稿者:血液内科・呼吸器内科at 01:51| 医師国家試験・専門医試験対策