金沢大学・血液内科・呼吸器内科
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2011年07月11日

ベラプロスト(プロサイリンなど)の今後

今回は、ベラプロストナトリウム(以下ベラプロスト)(商品名:プロサイリンドルナーなど)に関する記事です。

多少、独断と偏見になることをお許しいただき、管理人らの考えを書かせていただきたいと思います。


血栓症の最近の話題

 術後の静脈血栓塞栓症(VTE)予防薬(クレキサン、アリクストラ)や播種性血管内凝固症候群(DIC)の新治療薬(リコモジュリン),さらには半世紀ぶりの経口抗凝固薬(プラザキサ)の上市など,近年の血栓症領域は話題が尽きません。

プロスタグランジンI2(PGI2)誘導体であるベラプロストナトリウム(以下ベラプロスト)(商品名:プロサイリンなど)は、慢性閉塞性動脈硬化症などに20年近い使用実績があります。ベラプロストは、血管拡張作用を合わせ持つ抗血小板薬ですが、抗炎症作用も期待されています。

 


血管内皮は抗血栓薬の宝庫

日本人の死因の3分の1が脳梗塞や心筋梗塞といった血栓症であることはよく知られています。現代人は出血よりも血栓症で命を落とすことの方が多いのです。

そもそも,生体には出血に対しては幾重にも止血機構が備えられている反面,血栓症に対する凝固阻止機構は少なく,線溶カスケードの増幅システムも貧弱です。血栓症は,現代に生きる人間が克服すべき重大な疾患です。


血栓形成を防ぐ上で重要な役割を果たしているのが血管内皮です。血管内皮は,抗血栓性物質の宝庫です。

現在分かっているだけでも,トロンボモジュリン,ヘパリン様物質(ヘパラン硫酸),組織プラスミノゲンアクチベータ,PGI2,一酸化窒素(NO)があり,これらによって生体は血栓形成から防御されています。


例えばPGI2は,主に血管内皮細胞から産生される生理活性物質で,生体内物質としてはもっとも強い血管拡張作用や抗血小板作用を有します。

何らかの理由で血管内皮に障害が起きダメージを受けますと,こうした物質の産生・発現に異常が生じ,易血栓傾向あるいは血栓性疾患につながると考えられます。

一方で,これらの物質は医薬品として実用化されています。PGI2誘導体の経口薬(プロサイリンなど)は慢性動脈閉塞症や原発性肺高血圧症に,注射薬は肺動脈性肺高血圧症に使われています。

経口投与可能なPGI2誘導体であるベラプロストは,血小板粘着・凝集抑制などの抗血小板作用,末梢血管拡張作用による血流改善作用に加えて,抗炎症的にも作用することが興味深い点です。

ベラプロストは,慢性動脈閉塞症などに処方されていますが,その作用プロファイルから,他疾患にも応用可能と考えられます。

 


ベラプロストの抗血栓・抗炎症作用

抗血栓薬の薬効を評価する際,血栓症のモデルとでも言うべき疾患が播種性血管内凝固症候群(DIC)です。DICに効果があれば,それ以外の血栓症にも奏効する訳です。

その代表格がヘパリンです。ヘパリンは、アンチトロンビン(AT)活性の促進が作用機序です。

ATには抗炎症効果も指摘されてきました。それは,ATが血管内皮のヘパリン様物質に結合しますと,内皮におけるPGI2の産生が亢進します。そして、PGI2が抗炎症効果を発揮するという訳です。


そこで私たちはPGI2誘導体であるベラプロストのDICに対する効果を検討しました1)。ラットに炎症惹起物質であるリポポリサッカライドを投与して誘発したDICモデルで,ベラプロストを投与しますと,抗血栓作用として血小板数,フィブリノゲン,TAT(トロンビン-アンチトロンビン複合体),Dダイマーの各凝血学的所見を改善しました。

加えて,抗炎症作用としてTNFやIL-6といった炎症性サイトカイン産生を大きく減少させました。


また,DICモデルに低分子量ヘパリン(LMWH)とベラプロストを併用することで,LMWH単独と比べて凝血学的所見のさらなる改善などの結果が得られています 2)

これらの結果から,DICに対してLMWHで凝固を抑え,ベラプロストで炎症を抑える併用療法が有望と考えられました。


その他,10代から90代まで幅広い年齢層でみられる自己免疫疾患「抗リン脂質抗体症候群(APS)」にもベラプロストを応用できると考えています。

APS患者は,脳梗塞など動脈血栓症と,深部静脈血栓症(DVT)など静脈血栓症の双方のリスクを抱えています。動脈と静脈双方の血栓形成を抑えることが期待できるベラプロストは,理論的にAPSの血栓症予防に有用と考えらます。

 

日本人にも多いDVT

2007年と08年に,術後のVTE発症抑制に用いる注射用抗凝固薬が相次いで登場しました。合成Xa因子阻害剤フォンダパリヌクス(商品名:アリクストラ)と,LMWHのエノキサパリン(商品名:クレキサン)です。

従来,DVTは日本人には少ないと言われていましたが,膝関節全置換術(TKR)施行例の約50%に,股関節全置換術(THR)の約30%に発生するとされ 3),欧米人と変わりはありません。TKRやTHRは良性疾患の手術だけに,術後VTEの発症は訴訟のリスクにもなるため,発症抑制が重要です。

エノキサパリンは半減期が約3.2時間で,中和剤としてプロタミン硫酸塩があり,作用の最大60%を中和できます。

一方,フォンダパリヌクスは半減期が約14〜17時間と長いのが特徴で,そのため1日1回の投与で済みます。しかし,フォンダパリヌクスには有効な中和剤はなく,使用には注意を要します。


両剤の使い分けとしては,エノキサパリンは安全性を重視,フォンダパリヌクスは効果を重視するときに使いたいと思っています(おそらく異論はあると思います)。

ただどちらも,投与期間が14日間までに限られています。

入院中にこれらの薬剤を使い,VTEを発症することなく退院しても,抑制策を中止するのに強い懸念を感じることもあります。例えば凝固・線溶両者の活性化を示すFDP(フィブリン・フィブリノゲン分解産物),Dダイマーの上昇が持続している患者です。

そのような場合,今後,退院後にベラプロストでフォローするやり方も考えてよいかもしれません(今後の検討課題です)。PGIが血管内皮におけるトロンボモジュリンの発現を上昇させるとの報告 4)もあり,ベラプロスト使用の妥当性を裏づけます。


経口抗凝固薬としてワルファリンが有名ですが,他剤との相互作用や凝固能モニタリングの必要性があります。

高齢者のDVTで,血栓はあるもののワルファリンを使うまででもない,あるいはワルファリンを使いたくない・使えない人が一定数おられます。そのような場合にもベラプロストを使用したくなる症例が少なくありません。


なお、深部静脈血栓症の対応についてですが,薬物療法以外の方法も有効です。

具体的には,弾性ストッキング着用などの血栓予防策をすべての人が日常生活で行う、そんな時代がそんなに遠くない将来にくるかも知れません。


文献

1)久保杏奈ほか:血栓止血誌16:372-377,2005
2)新谷美季ほか:日本薬学会第126年会2号,80,2006
3)肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン p55-64,2004
4)Tsutsui K,et al.:Dermatology 192:120-124,1996

 

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【リンク】

播種性血管内凝固症候群(DIC)(図解シリーズ)

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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 01:00| 血栓性疾患